大判例

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東京高等裁判所 昭和53年(行ケ)64号 判決

一 原告の請求原因及び主張の一ないし三は、当事者間に争いがない。

そこで、本件審決にこれを取消すべき違法の点があるかどうかについて考える。

二 引用例(成立について争いのない甲第三号証の一)の発明は、その特許請求の範囲に記載のとおり、「一成分としてポリアミド、変性ポリアミド、共縮合ポリアミド等の高分子物質A物質を使用し、他の成分として溶剤に対する溶解性がA物質と異なる高分子物質B物質の一種または一種以上を混合して紡糸した混合繊維の混合比率を、A物質が六〇%以上の混合繊維と、A物質が六〇%以下の混合繊維を原料とし、A物質六〇%以上の混合繊維を銀面に使用し、A物質が六〇%以下の混合繊維を肉面に使用し、A物質の溶出ならびに部分的接着を行わしめることを特徴とする合成皮革および類似成型物の製造法。」にあるものと認められる。しかして、右引用例公報の第一頁左欄下から三行目ないし同右欄第二三行には、A物質としてナイロン―六を、B物質としてポリエチレンを用いた一製造例が記載されている。それによれば、その方法は、まず銀面にはA物質ナイロン―六、七〇部、B物質ポリエチレン三〇部の混合繊維を、肉面にはA物質ナイロン―六、四〇部、B物質ポリエチレン六〇部の混合繊維を各使用し、銀面、肉面をいずれもランダムウエツブにし、これを合わせ、両面からニードルルームによりニードリングして三次元構造の原布を製造し、この原布をメタノール六〇部、水四〇部、塩化カルシウム四〇部よりなる溶剤溶液に浸漬し、繊維と溶液の比率を一対五前後になるようにしぼり、原布を熱空気中で乾燥し、熱プレスし、その後銀面部分のみに対しメタノール一〇〇部、塩化カルシウム三〇部よりなる溶剤溶液を均一にスプレイし、溶剤を徐々に一部又は全部蒸発させるのであるが、引用例公報には、右処理の結果、銀面中のA物質は全部又は大部分溶解し、B物質は混合比が少ないため、「極めて細く、かつ短かい単繊維状に分散する」旨が記載してある(第一頁右欄第二一行ないし第二三行)。

審決(成立について争いのない甲第一号証)は、右のように、引用例に、銀面中のA物質は全部又は大部分溶解し、B物質は混合比が少ないため、極めて細く、かつ短かい単繊維状に分散する、との記載があることからみて、「銀面においてはB物質は極めて細い単繊維となり、しかも、合成繊維の製造において繊維としての抗張力を増大するため紡糸後の工程で延伸することが常套手段であるから、銀面の混合紡糸繊維も延伸されており、その結果B物質はA物質中にそのほぼ長手方向に配列し、A物質を溶解すると短かいとはいえ繊維束を構成するものと認められ、該繊維束は極めて細い単繊維が並列的相互配列し、各単繊維は互に自由な状態を有して不織布を構成している」と認定したのである。

原告は、まず、審決の右認定のうち、B物質は繊維束を構成し、該繊維束は極めて細い単繊維が並列的相互配列しているとの認定部分を争い、引用例で銀面部分においてB物質が「短かい単繊維状に分散する。」と言つている「分散」の語義からしても、また単繊維の長さからしてもA物質溶解後の銀面におけるB物質が繊維束を構成することはあり得ないと主張するが、この点についての判断はさておき(ただ、原告は、本件出願当時の技術水準によれば、ナイロン―六のようなポリアミドを一成分とし、これと溶剤溶解性を異にする高分子物質を他の成分として混合繊維とするとき、ポリアミド中に生成する単繊維の長さは、延伸処理後でも三ミクロンからたかだか一〇〇ミクロンであるからA物質溶解後においてB物質が繊維束を形成することはないと主張して甲第四号証ないし第六号証を提出するが、右甲号証はいずれも、引用例の例示する、「混合繊維中の一方の成分がポリアミドであり、他方の成分がポリエチレンのようなポリオレフインである場合の、ポリオレフインの単繊維についてのもの」ではないから、原告主張事実の立証とはならず、かえつて、成立について争いのない乙第二号証には、混合紡糸繊維中の多量成分であるナイロンを溶解除去することによつてポリエチレンの極細繊維が得られた旨が記載されているから、引用例においても、前記製造例の場合においてはA物質溶解後の銀面におけるB物質であるポリエチレンは繊維束を構成しているものと一応は認めることができる。原告はまた、乙第二号証の発明における混合繊維モノフイラメントは極めて太いものであつて、不織布への加工はできないというが、原告の主張する太さはモノフイラメントの加熱延伸を終つた段階のものであり、乙第二号証によれば、その後引続いて冷延伸を行ない最終的には〇・五ないし一ミクロンの繊維が得られた旨の記載があるから、この点の原告の主張も理由がないことになる。)、原告の争う審決認定の次の部分、すなわち、引用例においては、A物質溶解後もB物質から成る単繊維は互に自由な状態を有して不織布を構成しているとの認定部分について判断する。引用例の特許請求の範囲は前記載のとおりであり、その終りの方の部分に「A物質の溶出ならびに部分的接着を行わしめる」とある点、及び成立について争いのない甲第三号証の二(引用例の補正による訂正公報)に「本発明の第一の特徴は繊維中の一成分を溶解して繊維間を接着することである」旨の記載がある点からすれば、引用例においてはB物質からなる単繊維は溶解されたA物質によつて接着され、互に自由な状態を有してはいないものと認められ、右認定に反する被告の主張(四の(一)及び(二))は採用できない。

被告は、審決が審判において引用したのは甲第三号証の一であつて同号証の二ではないと主張する。しかしながら、甲第三号証の二による補正によつて引用例発明は実質上その特許請求の範囲を拡張されたり、又は変更されたりしたものではなく、その補正は明瞭でない記載の釈明(特許法六四条第一項第三号)にすぎず、引用例発明の要旨の把握にあたつてはこれが斟酌されるのは当然である(引用例発明の要旨の把握にあたつては甲第三号証の二が斟酌されるのが当然であることは被告も認めるところである。)のみならず、甲第三号証の一のみによつても、右の発明の詳細な説明の項における記載及びその特許請求の範囲の項における「A物質の溶出ならびに部分的接着を行わしめる」との記載から、溶解されたA物質が再固化してB物質からなる単繊維を接着させているものであることを認めるのに充分である。

被告は、引用例においてナイロン―六(A物質)が全部溶解すると、最終的にはナイロン―六は銀面部分から肉面部分に移行して、銀面部分に残るナイロン―六はほとんどないに等しく、銀面を構成するポリエチレンの単繊維は互に自由な状態を有しており、たとえナイロン―六が少し残つて糊剤又はバインダーとして働き、銀面を構成するポリエチレンの繊維束は、お互い同志部分的に固定化されることになつても、繊維束内にある構成繊維は互に自由な状態を有していると解するのが当然であるという(四の(一))が、ナイロン―六が銀面においてほとんどないに等しいといえるほど銀面から肉面に移行するのかどうか疑問であるのみならず、銀面に残つたナイロン―六がポリエチレンの繊維束同志のみを接着し、それを構成する各単繊維を接着しないとする合理的根拠はない。本件発明の実施例一によれば、繊維束を作る際にポリビニールアルコールケン化物からなるのりを用い、のりが乾燥後ケン縮機にかけ、繊維束をカツトし、ランダムウエツバーにかけてランダムウエツブを得、これをニードリングしたのち、熱水で洗浄してのりを除去していることが認められるから、この段階において、繊維束を構成している単繊維は、のりの除去により、互いに自由な状態におかれているものとみることができるところ、引用例においてはランダムウエツブをニードリングして得た原布を溶剤溶液に浸潰し、繊維と溶液の比率が前記製造例においては一対五、実施例一においては一対四になるようにしぼり、熱空気で乾燥し、熱プレスし、更に溶剤溶液をスプレイしていることが認められるから、溶剤溶液を前記の比率にしぼつた段階ではその溶剤に溶かされたA物質は依然として原布内に残存し、原布の乾燥とともに固化して、B物質からなる単繊維を固着させる結果、右単繊維は互いに自由な状態におかれてはおらず、この状態は溶剤溶液をスプレイ処理したのちにおいても大差ないものと考えられる。

右のとおりであり、被告の右四の(一)の主張、更には四の(二)の主張、更にまた、引用例において、繊維束を構成する各単繊維は互に自由な状態を有するとする審決の認定も、本件発明における不織布の構成から逆に、引用発明における銀面のB物質の単繊維の状態を推論しているものといわざるを得ない。

三 本件発明と引用例との右に認定したような差異により、効果の点においても、本件発明にかかる不織布は「繊維束内にある構成単繊維は互いに自由な状態におかれるため、極めて柔軟な、かつ表面には極細のウブ毛様の繊維束末端をもつ」(甲第二号証の一第二頁第三欄第三九行ないし第四二行)のに対し、引用例のものは「極めて強靭であり、かつ表面層がなめらかでしかも天然皮革に極めて近い外観を有している」(甲第三号証の一第一頁右欄第三〇、三一行)というような一応の相違も認められるのである。

四 右のとおり、審決は引用例の技術の認定を誤り、本件発明は右誤つて認定した引用例から当業者が容易に発明することができたものと認定したものであるから、右の点において違法である。

よつて本件審決を取消す。

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